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新譜(旧譜?)レビュー 西沢幸奏(The Asterisk War、Brilliant Star、帰還、Break your fate等)

 

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 2016年5月25日(一年以上前なんですね……)に「学戦都市アスタリスク」のタイアップとして発売された『The Asterisk War』は、まさしく西沢幸奏という歌い手のいいところを一点に集約したような素晴らしい出来の楽曲になっているのではないかと思う。JPOPらしさのある細かくそろった聞き心地のいい滑舌にアニメソングらしいメロディアスさ、勢いが加わり、正にJPOPとアニソンのハイブリッド(アニソンをJPOPの一部分野として考えている人にとっては少し抵抗のある表現だろうけど)と言った仕上がりになっている。

 CDを聞く限りでは相変わらず非常に安定感がある歌唱になっているが、一つ前のシングルであるBland-new WorldとThe Asterisk Warの間の一番差は滑舌が全体に軽くなったことにある。具体的には、次の音に入る直前まで前の音を引きずる癖が全体的に抜け、その代わりに表現として意図的に前の音と次の音の間を取るような動きが加わることが圧倒的に増えた。今まで歌唱の幅が技術的な面(前の音を引きずる癖)から拘束されていた(そしてその拘束された歌唱の在り方が彼女の演出上の「個性」になっていた)のに対し、The Asterisk Warでは技術的な面による束縛感を聞き手に抱かせない上で、そこで生まれた余裕を利用して新たに加わった歌唱上の表現によって表現的にも聞き手を飽きさせない、自由でありながら統制の取れた歌唱になっていると言える。

 要するに、(声帯の変化の過程は多くの楽器とは違い連続的で、前の音から次の音に飛び移るときにどうしてもその間にラグが生じるわけだが、)その譜面上の音と音の間の処理が今までは成り行きに任せられていて自身の手で完全にはコントロールしきれていなかったものが、The Asterisk Warではそこにかなりの自在性が加わり、軽快さや歌としての合理性が増した。歌い手自身が上手くなったのかエンジニアやディレクターさんの力によるものなのかは分からないが、これは歌手として一回り大きくなったことを意味していると言っていいと思う。少なくとも個人的にはそこには別人なんじゃないかと思う程の差を感じた。

 

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 Brilliant Starは全体的に派手に裏の声が使われることを前提とした、非常にタイトな喚声点(地声と裏声の境界)の行き来を要求される楽曲だ。歌手としての相応の地力がないと歌にすらならないであろうこの楽曲も、割合自然で一貫性のある仕上がりになっている辺りには、この歌い手の高い技術力、潜在性を感じさせる。

 誰もが目を奪われるであろうのはやはりサビのフレーズだろう。この楽曲が歌として破綻していない原因の一つには、喚声点の行き来がタイトでこそあれ必ずしも複雑ではないことがあげられる。具体的には裏声に行く瞬間は厳しいが、地声から裏声に戻ってくるタイミングには大方ブレスが含まれていて若干の余裕があり、歌い手はそこで歌を立て直すことが出来るということになる。裏声と地声の緩急をうまい事利用した、非常に構想が鮮明である意味無理のない、素直な楽曲だと思う。

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 『帰還』はここまで論って来た楽曲とは違い比較的テンポが遅い楽曲になっている。見せ方としては比較的王道のR&Bに近いようなテクニックが要求される事と思うが、なかなか綺麗に音源になっていてとても歌い手の技量の高さを感じさせる楽曲になっている。特に軽い声と比較的強い声の使い分け、裏声の使われ方とロングトーンの処理にこれまでとは別次元の器用さ、技術が現れている点は注目に値する。

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 『Break your fate』はここまでの流れを振り返ると非常に硬いロックに仕上がっている。これまでの楽曲とは発声の特徴が大きく異なり、それ以前は演出としてThe Asterisk Warなどの一部分で使われていた強い声が全体を通して使われていて、柔らかい発声よりも体力的に辛いものがある感じを受けるものの、割と地に足の着いた歌唱になっていると感じる。(ただ正直少し作りすぎかなと感じる箇所もありました。個人的には1番のBメロぐらいの発声がバランスが取れていていいなと思っています)曲調的にもアニメソングらしいメロディアスさからは若干距離があるものの、西沢幸奏の楽曲として考えると不思議と非常にコンパクトで収まりがいい。更にアルバムの他の楽曲を聞くと、暫くはこの方向性で売っていきたいんだろうなということが伺えるような気はする(中の人でもなければ定点観測しているファンでもない筆者がこういうことを言うのはちょっと過分かもしれませんが……)。

 

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 西沢幸奏という歌い手は安定感があり一貫性のある歌唱、揃った滑舌、そして合理性のある楽曲の解釈・構想と、フォーマルの対義語としてのポップスに必要な要素を大方兼ね揃えているという意味で、これまでのアニソン歌手にはないような個性を持った逸材だと言える。今後一人の歌手としてどんな楽曲に立ち向かうことになるのかは分からないけれど、とても個人的に期待している歌手のうちの一人だ。

・歌手の話 西沢幸奏(吹雪、Bland-new World等) - 試しにアニソンを聞いてみる。

・ポピュラー音楽とフォーマルなボーカリストの話 西沢幸奏と鈴木このみ - 試しにアニソンを聞いてみる。