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試しにアニソンを聞いてみる。

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ラブライブやアイマス等アイドルアニメの手堅さ的な概念について。

その他 アニメ

・アイドルアニメの手堅さみたいな概念について

 すごい昔に書いて未だにそこそこのPVを稼いでいるラブライブの歌に関する記事がこのブログにはあるんだが、性懲りもなく思うところがあったのでまた何か追記の記事を書いてみようと思う。

 恐らく歌手になるのに必要な要件が歌の巧さではないという認識は広く共有されているはずで、僕はそこまで言い切るのは間違いだと思うけど、悪くない線は突いているとも思う。プロが上手いか下手かの話をしたいわけではなく、要するにプロの歌手になるような人の個性というのはどんなに分かりやすくて表面的なものだったとしても最終的には音楽性を増徴するようになっている。CDの音楽から捉えやすい個性を持つ歌い手は巧拙とは別にいいCDになりやすいものだし、その意味でボーカル音楽的な個性は一般に言われる「技術」と近いようで遠いような別の場所にある。売れる歌手というのはどんなに技術が主張されても、根っこを辿るとそういう「個性」的な部分から聞き手に好かれていることが多い。簡単にいえばCDになるためには技術よりも重要なことがあり、それが今はもっぱら個性と称されているという、今風の音楽に関心がある人だったら何となく想像は付きそうな話だと思う。

 他方で、聞き手に好かれる個性(聞き手が求めるもの)というのは分野によって微妙に違う。アニメの世界で言うとfripsideの南條愛乃とか水樹奈々みたいなステータスや音楽性に声優音楽の系譜があるものに価値があるのはある意味当たり前だし、もっと言えば声優音楽的な価値というのは声優が歌っているという具体的な部分よりも、究極的には竹達彩奈とか小倉唯みたいな女性声優的な個性を持つ歌から来る部分がとても大きい(南條愛乃がまともな歌を歌っていないとは思わないが、それとは別の話として歌の中に声優音楽的な文脈が強くある歌手だとはとても思う)。ラブライブはそういう流行りみたいなところがかなり意識して作られた、声優音楽とポップス的な音楽の両者にこだわりを持った人が作ったアニメであることに先進性があると思う。

 アイドルアニメというのは場合によっては、アイドル的な歌やポップス的な歌を再現するという方向に比重があり、声優音楽として売り出すという部分は必ずしも大きくはない場合もある。ラブライブの先進性が音楽性にあるというのはこうした場末のブログ以外のあらゆる場所で行われている(そして恐らく)正しい指摘だと思うが、他方でその固有の音楽性の正体が何なのかは明らかにされない場合が多いんじゃないかとも思うし、一つその目新しさのヒントになる情報をここで提供できるとしたら、ラブライブは声優音楽やキャラクター音楽とアイドル音楽とのハイブリッドを目指した企画だということだ。

 まるでキャラクターが二次元から出てきて実際にレコーディングの手続きを踏んだかのような生き生きとした出来の音源になっている。そういうアニメキャラクターとCD的な表現性を両立させる役割をするためにちょっとアイドルユニット的なところのある音楽が使われたのにも相当に面白い部分がある。ではそれが他のアイドルアニメ企画とどう違うのか、試しにアイマスを例にあげて説明したいと思う。

 
 初代のアイマスは非常に「上手な歌い手」(小説家や随筆家を書き手というような広い意味での歌い手)としての役回りを歌い手に期待した企画だった。例えるなら歌のお姉さん的な歌の巧さとでも言えば分かってもらえるだろうか。

 それは元々アイマスが少し前の世代のゲームで、モデルがそこから更に前のソロアイドルになっているから必然的に今風の見せ方とだいぶ違うものが出来たということもあるはずだし、そもそも彼女たちがピンで売るプロのアイドルとしてスタートしたからそういう音楽を求められていると考えると辻褄が合う部分が大きい。最近のアイドル歌手というやつは、AKBやももくろみたいなユニットアイドルの音楽を除けば正直とても元気が無い。誰でもがさっと思いつくのはきゃりーぱみゅぱみゅぐらいじゃないだろうか。これが10年も前であれば事情は全く違った。今の時代は一言で言えばアイドルから歌手への接点が狭くて、アイドルからしてみると歌というものが少し取っ付きづらくなってきている。

 演歌などを除いてポップスに限って言えば歌手のレベルが年々上がっている(というよりエンジニアリングの発展で、歌手から生み出される「CD音源」のレベルが時代とともに上がっている)ことから歌手以外には簡単にCDが出せなくなりつつある上に、CDが売れない時代のせいでグッズとしてのCD音楽の役割が薄れてきたからだと思うが、はっきり言ってアイドルだからCDを出すみたいな時代はとっくの昔に終わりを告げている。(現に歌手として活動するアイドル的なものが今どれだけ生き残っているか考えてみて欲しい。個人で歌われる歌は殆ど歌手の領域になっていて、今の時代のアイドル音楽はもっぱらなユニットの時代に突入しているはずだ)そしてその中でアイマスは「ソロでもアイドルといえば歌」というアイドルのイメージをオタクカルチャーの中でここまで守り続けて来た偉大なコンテンツなのだ。

 更にアイマスにはオタクカルチャーの中にアイドル的なコンテンツを確立する上で良くも悪くも「手堅さ」が必要だったとなると話がまとまってくる。歌が上手い役回りとして今井麻美やたかはし智秋を連れて来ているあたりからも、あの企画の音楽はCD音楽的なちゃらちゃらしいところに商業音楽としての解決を求めていないし、それがアイマスのらしさの入口になっている(強引な言い方をすれば、「生らしさのある歌」をあえて聴かせることで、JPOPから距離を置いたアイドルらしさを成立させようとしているということだ)。正直に言えばそういうシンプルさが一部で歌唱力AだかSだかみたいな過剰な論者の評価を生んでいるとも思うが、少なくとも単体でもそこら辺の歌手より上手いみたいな話はちょっと言いすぎだと個人的には思う。

 

 他方でラブライブは「歌とアイドル」というそのイメージを色濃く踏襲した作品でもある。なにせ何の文化的背景もないところでいきなりキャラクターみたいな歌をした女の子を集めてアイドルと称してもこいつは何言ってんだみたいな事になると思うし(実際実在のアイドルはキャラクターではないのでキャラクターのような歌は歌わないのだ)、そのあたりを正当化出来るアマチュアでありユニットである学園アイドルという世界観は絶妙だと言える。

 ラブライブとμ'sの新しさというのはユニットで「声優音楽」をバリバリ売ってやるというところに立脚した企画だというところだし、そこが大成功した一番の要因なんじゃないだろうかと個人的には思っている(アイマスの歌だって声優が歌って居るのには違いがないが、声優音楽とまでいうには音楽として少し堅すぎるきらいがある)。つまりアイマスがかつてのアイドル的音楽を、ビジュアルと中の人をわけられるというアニメならではの事情から進化させることが出来たのに対して、μ'sはガッツリと声を作り歌う声優音楽になることでJPOPとの距離感を維持して自らをアイドル的なコンテンツ足らしめた。このJPOPとの距離感の概念が、おたく的なコンテンツにとっては未だに重要なものなのだ。

 正直アイドルユニットの再現性の話をするならアイカツみたいな女児向け系統のさっぱりしたものや、Wake up, girls!とかの良くも悪くも歌の上手い女子校生を正統進化させたみたいな歌の方が今風のアイドル音楽のイメージはかなり近い感じはするが、ラブライブという企画がアイドルの方に傾倒するのではなく声優音楽とのハイブリッドであることに収束した意義は大きかったんじゃないかと思っている。そういう声優音楽的な部分が一番わかり易いのは、レコーディングのなされ方だと僕は思う。彼女たちの音楽はアイマスとは対比的に、極めてCD的な表現性に立脚している。そんなもの聞いて分かるわけがないという話もあるだろうが、キャラソンに近い演出が音源の中の至る所でたくさんなされているので良く聞いてみて欲しいし、そこがμ'sの音楽の面白さだと僕は思う。
 そして、そういう声優音楽やキャラクター音楽的な聞き心地の概念というのが、多くの人が長いことアイドルアニメに足りないと思っていたものだったんじゃないだろうか。実際僕も彼女達の曲を聞いているとオタクとしての安心感みたいなのを覚えるし、結局オタクは声優音楽が好きな集団だからμ'sが受け入れられたのだと僕は勝手に考えている。一言で言えば、μ'sの音楽は声優音楽の親戚であって、元々アイドル音楽と声優音楽の間には大きな隔たりがあったところをラブライブは上手い事繋いで見せたから流行ったのだ、という昔話のような何かの話だ。
 
 ここまで漠然とアイマスと言って初代の話をしていたけど、シンマスにも初代とかなり似た傾向がある。歌が上手いとは言えないかもしれないアイドルもいるが、優秀なことにあの大所帯で非常に不愉快さのない無難な音源が多いし、何よりもCD音楽的な露出からは距離を置こうとする傾向がとても強い。アイマスの原点は恐らく、歌手らしい個性へ追従しないことと、CDとしておかしくはない音源の出来のバランスにあって、それは実はどちらも選ぶとかどちらも選ばないことは難しい。原則的にはトレードオフなのだ。あのシリーズに関して言えば少なくとも暫くはCDとして見栄えがいいものに近づけるという観点からは歌い手を選ばない方針で行きたいんじゃないかと思うし、キャラを盛りつけずにダメなところを整えて出してみたみたいな歌は聞いていてとても多様性があり面白い部分があると個人的には思う(シンマスの歌がレコーディングで整えられていないとは言わないし、寧ろ商品になる過程で死ぬほど整えているだろうなとは積極的に思うけど、出来たものをレコーディング音源向けに整えるのと、歌手の歌自体をレコーディングを前提にした歌に矯正したりレコーディング向けの個性を持った歌手を選んできて編集で個性を盛っていくのとでは全然次元が違うし、CD音楽の世界では日常的に後者のようなことをする。そして一般には声優音楽というのは後者のような世界であり、アイマスというコンテンツの手堅さは今のところはそれをしない音源を作ることにある。生身に近い音楽をやっているとでも言えば伝わるだろうか)。
 何にせよ、何十人も違うキャラがいて全員がもし声優的な歌を歌ったら、そういうのが好きな人以外は発狂すると思う。そういう意味ではアイマスの手法もあれはあれでオタクカルチャーの中で歌でアイドルを作ることの最適解の一つなんだろうと感じたりする。上手くまとまらなかったけどこんなところで終わりにしたいと思います。
 

 他の記事。

ラブライブと紅白歌合戦、アイマスと、歌の公共性について - 試しにアニソンを聞いてみる。

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